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<MSPはこう使うとメリットあり> 開発段階からお打ち合わせに参加させて戴き、素材選定段階からコストダウンへ向けた提案をさせて戴ければ、より一層のメリットを出せます。
また、材料調達~組み立て迄をお任せ戴ければ、発注側の管理工数が削減出来て、目に見えない部分までコストダウンする事が可能です。

<当社の得意分野>
アルミ押し出し材の調達から
二次加工まで一式対応します

アルミヒートシンクの事なら
なんでもお任せ下さい。

<取扱い品目>
・アルミ押出形材に関する全ての加工
・マグネシウム材の調達から全ての加工
・旋盤加工部品
・マシニング加工部品
・複合加工部品
・ザス型によるプレス絞り加工
・冷間プレス鍛造部品
・アルミダイカスト、アルミ鋳物
・樹脂インジェクション成形
・ゴム成形・精密バネ
・表面処理・組付け加工

加工方法
・複合旋盤(バー材)
・複合旋盤(チャックワーク)
・高速マシニングセンター
・汎用フライス
・長尺材マシニングセンター
・アルミ形材のプレス加工
・ザス型によるプレス絞り加工
・冷間プレス鍛造

扱い材質
・アルミニウム
・マグネシウム
・銅、真鍮
・ステンレス
・スチール
・樹脂、ケミカルウッド

表面処理
・アルマイト
(硬質、染色、抗菌、摺動性、多色)
・各種メッキ
・各種塗装
・シルク印刷
組み立て
部品加工のみならず、部品に付帯する各部品を一括受託し組み立てまで行う事も可能です。



MSPは「心技隊」での活動を通し、製造業界で必要とされる活動を行って行きます。


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2016年04月18日

4月14日~17日の記録

熊本、大分、九州地方全域で地震の被害に遭われている皆様
1日も早い収束と、ご安全を心よりお祈りしております。



この話は遡ること2月8日から始まった・・・
(自分の記憶が風化しないように書き残します)
LCCのジェットスターで1980円セール広告を目にしたのが
この話のスタートです。


この料金でなら、九州にある取引先様への訪問も経費削減になるし、友人の墓参りにも行けるな~

そんな軽い気持ちで、成田~熊本間のチケットを予約。
諸々の経費を入れ往復で6520円。
成田までと、熊本空港からのアクセス経費も往復で4560円。

合計しても11,080円なら、日帰りするよりも安い!

そんな打算が働き、安い日程で選んだのが・・・
行きが4月14日夜便で、帰りが4月16日の夜便。

どうせ格安にするんだから、宿だって格安にしよう!
こっちもそんな気持ちで、ユースホステルを選択。
二泊しても6400円。

全て合わせたって、17,480円なら片道運賃にしかならない格安な出張が組めたと一人ほくそ笑んだのが2月8日の夜。


時は流れ・・・4月14日



無事、予定通りにフライト

LCCサイズの席はやはり窮屈でしたが、窓側の席で空を眺めたり、本を読んだり、うたた寝したり・・・

着陸態勢に入るとのアナウンスで起こされ、窓の外をみたら一直線に盛り上がる雲が目に入りパチリ!



いま思えば、この雲は大分付近から熊本方面に延びていたんだな~と・・・


無事着陸し、綺麗な夕日をパチリ



ここでも、飛行機雲だとは思ったが一直線に伸びる雲が気になった。


リムジンバスで宿まで移動し、無事チェックイン。
想定通りの小部屋。2畳間(^_^;)



荷物をおいて、スマホのバッテリー残量が50%を切ってたのが気になり、メールチェックをしながら少し充電。

70%まで回復したから、晩飯を求め熊本市街へ・・・

途中で熊本城をパチリ!
土曜日の午前中に行くつもりだった・・・



馬肉と辛子蓮根が食べれればどこでも良かった。
でも、なんとなく店が綺麗な方がいいな~と言う気だけはしてた。



店に入ったのが、写真で確認したら19時53分頃。

目当ての逸品をオーダー




運ばれて来た料理に舌鼓を打ちながら、ビールをグイッと2杯煽り・・・

どうせなら地酒を飲もうと思って、熊本の日本酒をオーダー
この時点で写真で見ると20時38分頃。。。



お銚子二本目が運ばれて来たのが、予震発生の20分前

これ呑んだら、宿へ戻って寝よう・・・
と、熊本の夜を存分に堪能していたところに。。。



地震に慣れていない地元の方々は、どう動いて良いのか判らずフリーズしてオロオロするばかりだったから、仕方ないので・・・

ガスの元栓を締める。
お客を返す。
バイトの子は返す。
ライフラインが止まる前に自分達が帰る事。

そんな指示を出してました。


そのお店には、韓国からの旅行客が7人グループ(家族?)でいて何が起こったのかとパニクって居たので、スマホの翻訳ソフトを起動し

予震が来るけど、本震より大きなモノは普通は来ない。
今後も津波の心配があるから、強く揺れたら高い場所へ避難する。
火災が心配なので、繁華街からは離れる。
ホテルに戻り、ハングルの話せるスタッフに詳細を確認する様に

そんな事を伝え、自分も精算して店を出た。

「折角気分よく酔っていたのに~」などと思いながら宿へ向かう。

道すがら撮影した写真を貼っておく。


剥がれ落ちた看板



ビルの隙間を埋めるボードが破壊されていた



天井が落ちてた。



広い場所に避難した人々



ホテルの壁がひび割れ、落ちてきたタイル



揺れて被害を受けた店舗など・・・



ホテルの立体駐車場で落下していた車。



コンビニに並ぶ人々。
私も最悪の事を想定し、水と食料を調達。


余震が続いていたので、宿泊していたユースの客が出ていた。
揺れる中なのに、建物の横に立ちながら話しているので

日本人には「建物から離れないと上からモノが落ちてくるよ」
海外の方には「Safety area move harry!harry!」

宿泊客の人達と立ち話をしていたら、宿の横の民家の方が出てきて宿の店主に挨拶しながら
「娘が益城の方から逃げてくるんだよ」
「怖くて居られないって」
「益城の方では火事も出てるみたいね」
そんな話をしてた。

その娘家族が車でやって来た。
近くで車を降りたので、どんな感じか聞いてみたら。
「明るくなったらかなりの被害が出てると思う」
「3ヶ所から火の手が上がっていた」
「逃げてくる途中でも、潰れている家を見た」

震源地では、そうとうの被害に見舞われているのがリアルに想像出来た。

午前一時過ぎに部屋に戻り、余震で揺られ何度か起こされながらもどうにか布団で寝ることが出来た。


夜が明け、宿の屋上へ行けたので街の様子を眺めてみた。



古い家屋の瓦には被害が出ていたが、見渡す限り倒壊は見られなかった。



ヘリは一晩中飛んでいた。

熊本市電は、朝から動いていた。




ラジオで聴いていた通り、熊本城には被害が出ている事を確認できた






部屋に戻り、調達した食料で朝食を摂る。
今後どうなるかは判らなかったので、2個で我慢。

部屋で情報収集をし、市街へ向かう交通機関が動いていないし、どうにも身動きが取れない事が理解できたので、全ての予定をキャンセルして街の様子を見に・・・





移動する間は、そんなに深刻な被害を熊本市内で確認する事は無かった。

街を見て回り、熊本城へ・・・





石垣の崩落や、瓦が落ちている・・・



なんとも言えない気持ちで、眺めていたら一人の女性に声を掛けられた。

「熊本で育って、ず~っと威風堂々とここにある熊本城を誇りに思ってます」
「仕事が休みになったので、居ても立っても居られずに見に来たんです」

暫く立ち話をし、街中の様子を見に行くというので一緒に熊本城を後にした。


どの店も閉まっているか、片付けに追われていた。

その時点で16時頃だっただろうか?

喉が渇いたし、歩き疲れたからお茶でも飲もうと言う事になり店を探すも開いている店は満席。

開店したてのビヤホールだけが唯一席を得られる場所だった。

どうせ、余震で寝れないのなら、少し酔ってから寝た方が良いだろうと言う思いもあって、彼女は烏龍茶を飲んでいたが、ビールを二杯飲んだ。

とりとめもない話をして、連絡先も聞かずに別れたが・・・
彼女は無事なのだろうか?一期一会ですが、それは気がかり。。。

宿へ向かうのに、まだ通っていない道を通りながら、市街の裏道を進む。






もう少し人が歩いていれば、きっと普段と変わらない景色なんだろうな~

などと思いながら歩いていたら、一軒の居酒屋が目に入り・・・

「チーム無駄使い10%」の精神を貫かん!と言い訳をして入店。
「金曜日の夕方に誰も客が居ないのは、やっぱり地震の影響なのかな~?」

などと思いながら、定食をツマミにまた地酒を二杯。



気がつけば30分もしたら、店は満席に。

いつもの金曜日と変わらぬ風景がそこにはあったのだと思う・・・


それが、あの揺れが起きる6時間前の出来事。


帰りにコンビニへ追加で食料調達し様と寄ったが、主食になりそうなモノは全て売り切れ。。。

お菓子の類しかないけど、何かあればそれでも貴重な食料になると思って水はないけどお茶とかジュースの類を購入して帰路へ・・・

万一に備え、寝間着には着替えず何時でも逃げられる格好のまま荷物は全てパッキングして20時半過ぎには寝床で爆睡。。。

「今日は酔っ払ってるから少しの揺れじゃ起きないだろう!」

などと思いながら・・・






「ドンッ!」と言う揺れと共に「地震です」と言う緊急地震速報が鳴る。

あっという間に、起き上がることも出来ない程の揺れに見舞われた。
頭の上に枕を載せ、敷布団を身体にかけ揺れが治まるのを待つしかないような状況・・・

「これで建物が倒壊したら死ぬんだな~」

永遠に続くのでは無いかと思える揺れの中、本気でそう思っていた。


揺れが治まり、迷いなく荷物を持って外へ飛び出す。

宿泊客もゾロゾロ出てくる。

「避難しましょう!」

と声をかける。

確認すると、津波警報が出ていた。

「津波が来るかもしれないから、高いところへ早く逃げましょう!」

と言ったが、他の客は近い避難所の小学校へ行くという。

「申し訳ないですが、津波が来るとしたらそこでは身が守れないので私は
熊本城方面に逃げます!」
「皆さん、ご安全に!」
「出来るだけ高い建物に逃げて下さい」

たしかそんな事を言い残し、荷物を抱え駆け足で熊本城方面へ逃げた。

一人だけ、私と同じ方面に逃げて来た出張族と思われる人が着いて来た。

その人は「私は交通センターに向かいます」と言って途中で別れた。



逃げる途中にも、建物が軋む強い余震が襲ってくる。

建物から出てきて呆然としている人達は、建物の近くに座っている。

「危ないから離れて下さい!」

「津波が来るかもしれないので、高いところへ避難して下さい」


そう声をかけながら、先を急いだ!

あんなに走ったのは、ここ数年記憶が無い。
命の危機を感じ、火事場のクソ力が出たのだろう。


また強い余震が襲ってきた。

近くにいた人に「熊本城へ行くにはこっちで良いですか?」と確認した。


その人は・・・

「熊本城より医療センターの方がいいです!」

「もし津波が来たら、熊本城方面にも逃げられますから!」


土地勘の無い私は、その人の判断を信じて着いて行った。

逃げる途中に「ガス臭い」エリアがあって、阪神淡路の時のように火災が起きるのではないかと、より危機感が増していた。

一緒に逃げながら、「横浜から来ていて土地勘が無いから助かりました」と話をしたら

彼は「私も横浜出身なんです」

そんな会話をしながら先を急ぎ、目的地の「国立医療センター」に着いた。

二人で「とりあえず生きてて良かったですね!」と地面に座り込んだ。


「とりあえず、夜が明けるまでここに居ましょう」と言う事になり、寒い中
駐車場で朝を待った。

あまりに寒いのでワイシャツの上に、着替えたワイシャツを着た。
格好わるいなんて関係無かった。

途中で喫煙所がある事に気がついて行ってみたら、壁があるので風よけになり寒さがだいぶ凌げるので、そこで過ごすことにした。

そこに居た若者に話を聞いた。
「街中は酷いですよ」
「逃げるのが精一杯でした」

50歳代後半と思われる女性は
「娘が遊びに行ったアパートが倒壊し、一階に生き埋めになってる人がいる」
「自分は二階の友人と一緒に居たから、かすり傷程度ですんだから良かった」
と、泣きながら電話してきたと話していた。

後に、東海大学の学生が亡くなったアパートの事なのだろうと知る。


スマホのバッテリーを気にしながら情報収集をしていたが、喫煙所内にコンセントがあるのに気が付き、充電しながらスマホでラジオを掛けてそこにいるみんなで聴いた。

その間に、何度も強い余震に見まわれ、本当に生きた心地がしない。


大きな余震の際に、熊本城方面から大きな音がし、大きな被害が出ただろう事は容易に想像できた。
途中から一切熊本城の状況が伝わらなくなったのは、熊本市民がショックを受けない様にとの配慮からだろう・・・
昼間に出会った彼女の顔がよぎる。。。


「明日は息子の誕生日で、一緒に出かける約束してるからどうしても帰りたいんですよね」
なんて話をしながら、様々な人達と励まし合いながら、夜明けをまった。


夜が明けたと同時に、一緒に逃げた若者の上司から電話が入る。

「久留米に逃げてこい」
「俺の部屋に来い」
「経費は会社持ちでいい、俺が通す」

その電話で、若者は家に戻った。

戻る前に「俺も久留米に乗せて行って欲しい」とお願いした。

とりあえずの荷物を車へ持ち込み、彼は戻って来てくれた。
正直言って、戻ってきてくれるかどうかは半信半疑だった。

ハンドルを握る彼の顔を見た時「これで助かる、帰れる」と思った。



車に乗り込み避難経路を確認しながら、訪問先へのおみやげに購入していたシュウマイをそのまま二人で口にする。




横浜出身の彼は
「こんなに旨いと感じたシュウマイは初めてだ~」と叫んでいた。

医療センターを出て、近くのコンビニに車を止め周囲を見渡した。
思ったほどの被害はない様に感じた。





渋滞する3号線を避け、カーナビの地図を頼りに久留米へ向かう。

途中で写真を撮影したが、ひどい場所は呆然と眺めるだけでシャッターを押すタイミングを逃していた。






途中の公園で避難している人達が相当数目に入ってきた。

熊本市街を離れる間にも、緊急地震速報が入る強い余震があった。
生きた心地が本当にしなかった。


10Km位離れたエリアだろうか・・・

ガソリンスタンドにそんなに並ばず入れたが、3000円分限定だった。

コンビニも開いていたので、熊本から逃げられても何があるか判らないからと水分と食料を買い込んだ。


その時に気がついた・・・ワイシャツを二枚着ていたことを。。。
これ位から、少し気持ちに余裕が出たのだろう。


そして名乗らずにいた事を思い出して、改めて名刺交換をした。

久留米へ向かう道すがら、色々な話をした。

若者は、吉富君と言い、社会人2年目。
メディカル関係の機器を取り扱う会社にいるらしい。

彼は、起業志望だという。
助手席で、自分の経験を話しながら久留米へ向かう。

熊本から離れるにつれ、だんだんと緊張感がほぐれて来たようだ。



無事、久留米に到着したらお腹が空いて居ることに気がつく。
二人とも、個室に入りたいのも我慢していた。

通りがかりにあった、とんかつ屋チェーンの駐車場に入る。
開店前だが、お願いしトイレを借りた。


身体は、地震酔いによりず~っと揺れている感じ。
ちょっとした音が「地震?」と言う状態。


運ばれて来たとんかつを食い、ゆっくりタバコを吸った。
気が緩んだら、一晩中外に居た事で蓄積した疲れがどっと襲ってきた。


吉富くんとGWに横浜での再会を誓い、西鉄久留米駅に送ってもらった。

天神まで特急に乗り、博多へ移動し、新幹線に乗り込んだのは13時半過ぎ。



5時間近い移動の中、新横浜で降りる予定が気がついたら新横浜を出発した後だった。


品川で下車し鶴見に戻り、事務所に仕事の荷物を置きにもどる。

寝ていただけなで腹は空いてなかったが、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

熊本の情報を調べ、知人へ連絡を取り、無事帰れた事に感謝した。


吉富くんが居なければ、私はまだ熊本で避難生活をしていたことだろう。
いくら感謝しても感謝しきれないほどお世話になった。

偶然の出会いに、恩人に心から感謝です。





帰宅し、ゆっくりシャワーを浴びた。

時計を見たら、16日の23時になっていた。







17日は、息子15歳の誕生日。

一緒に出かける事を約束して居たので、そのまま着替えて車に乗り込む。

「元服の儀ミステリーツアー」に出発。

二人で出かける時はいつも行き先は伝えない。

ガソリンを入れ、飲み物を仕入れ、高速へ乗る。

「どこに行くの?」と聞かれても、「どこだろうな~」と言うやり取りが何度されたかわからない(笑)

道すがら、熊本での出来事を説明。

安全な所は何処にもないと伝え、自分が生かされているうちに何をしたいか考えろと話をしたが、眠そうに聴いていたから何処まで伝わったか・・・



途中のSAで仮眠を取り、福島を抜けて朝飯



散っていたのは知ってたけど、一目千本桜を見に寄り道




まずは、弟宅に訪問。

途中で寄ったセブンでチャージしたら・・・




どうでもいいですね(^_^;)

義妹にいつも親父が世話を焼かせて居るのを詫びながら、甥姪と他愛もない会話をする。

その後、入院している親父の元へ。
示し合わせたわけではないが、長兄も訪れていた。

親父は、転倒し骨折で入院し、GW明けまでは入院生活だろう。
退院後の処遇も含め、昼飯を食いながら話そうということになり臨時兄弟会議に。

息子はつまらなさそうに、横で持ってきた本を読んでたが・・・
これも、大人の世界を見るいい経験だろう。


別れてから、ちょっとしたお使いを頼まれていたのでそれを済ませてから婆さん(母)の墓前へ。



これで、息子15歳の爺婆へ挨拶が出来た。

その後、東日本大震災で津波の被害に遭われ宮城県名取市閖上地区へ向かった。

その途中に、ゲリラ豪雨的な雨に見舞われたが、その後に綺麗な虹が目の前に現れた。



息子の前途に虹がかかったのかと、親ばかな事を考える・・・

ついでと言っては失礼だが、新しい工場も見てきた。





ここに行ったのには理由がある。
今回の旅は、ここが本当の目的地。

5年前、製造業復興支援プロジェクトの活動に息子を連れて行き帰りにこの場所を訪れて居たからだ。












息子はなにを感じてくれただろうか?
問い質すことはしなかった。
自分の中で消化してくれれば、それでいい・・・

日和山からの帰路、まだ処分されていない車があった。
持ち主が亡くなってしまい、身寄りもなく処分できないのだろうか?





帰りは、常磐道ルートで帰る。

途中には、福島第一原発で立ち入りが制限されているエリアを通る。
ここでも、自分で何かを感じてくれればとの思いで・・・






ドンドン上がる数値



人気のない集落



美しい自然。




疲れて寝てしまう坊主。。。(^_^;)

一気に詰め込み過ぎたかな?


夕飯は、前から食べさせてやると話していたインドカレー屋に寄り、本屋で息子が欲しい本を買って帰宅しました。


車を降りる前に「今日の感想は?」と聞いたら

「誕生日に被災地に連れて行く親も珍しいよな~(笑)」
「でも、良い経験になった!」

息子よ、今はそれでいい。
それだけ判れば、十分だ!

余計な事は言わず「お疲れさま」とだけ言って、元服の儀を終えたのでした。



安全な場所なんて改めて無いんだと思った4日間。

3000kmの移動で得たモノは、まさにプライスレス!

この経験をどう活かすかは自分次第。

息子に笑われぬように、自分にできる事をしっかりと進めて行きたいと思う。





株式会社エムエスパートナーズ
<企業PR>
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<加工技術>
・アルミ押し出し形材を利用した加工品
・マシニング加工品 ・旋盤加工品
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<対応金属>
・アルミニウム ・ステンレス ・銅合金
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株式会社エムエスパートナーズ
代表取締役  伊藤 昌良

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